最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)440号 判決 1995年12月05日
上告人
石川家榮
右訴訟代理人弁護士
籠池宗平
被上告人
石川一孝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人籠池宗平の上告理由三(五)について
共同相続人のうちの一人である甲が、他に共同相続人がいること、ひいては相続財産のうち甲の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながら、又はその部分についても甲に相続による持分があるものと信ずべき合理的な事由がないにもかかわらず、その部分もまた自己の持分に属するものと称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合には当たらず、甲は、相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し、民法八八四条の規定する相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者に当たらない(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号一六七四頁参照)。そして、共同相続の場合において相続回復請求制度の問題として扱うかどうかを決する右のような悪意又は合理的事由の存否は、甲から相続財産を譲り受けた第三者がいるときであっても、甲について判断すべきであるから、相続財産である不動産について単独相続の登記を経由した甲が、甲の本来の相続持分を超える部分が他の共同相続人に属することを知っていたか、又は右部分を含めて甲が単独相続をしたと信ずるにつき合理的な事由がないために、他の共同相続人に対して相続回復請求権の消滅時効を援用することができない場合には、甲から右不動産を譲り受けた第三者も右時効を援用することはできないというべきである。
これを本件についてみるに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実によると、亡石川タカの共同相続人の一人である石川政一は、相続財産に属する本件土地について、共同相続人である被上告人らの承諾を得ることなく、無断で遺産分割協議書を作成して、単独名義の相続による所有権移転登記をしたというのであるから、政一が、本件土地の本来の相続持分を超える部分が他の共同相続人に属するものであることを知っていたか、又はその部分も含めて本件土地を単独相続したと信ずるにつき合理的な事由があるとはいえないことが明らかであって、相続回復請求制度の適用が予定されている場合に当たらず、政一は、民法八八四条の規定する相続回復請求権の消滅時効を援用することはできない。したがって、同人から本件土地を譲り受けた上告人についても、同条の規定の適用はないというべきである。これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)
上告代理人籠池宗平の上告理由
一ないし三(四)<省略>
(五) 原判決は「数人の共同相続人の共有に属する相続財産たる不動産につき、そのうちの一人が、他の共同相続人らの意思に基づかずに、単独名義の相続登記をなした場合、その者の本来の相続分を超える部分につき、その者に相続による持分があると信じるべき合理的な事由がないときは、民法八八四条の適用がなく、その者又はその者から当該不動産を譲り受けた者は、同条前段、後段による時効、除斥期間を援用して、自己に対する相続権侵害の排除の請求を拒むことができないものと解するのが相当である。」と判断している。
ところで、最大判昭和五三年一二月二〇日民集三二巻九号一六七四頁は「民法八八四条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。」と述べている。そして、共同相続人間においては、いわゆる悪意者および過失者は民法八八四条の消滅時効の援用権を否定しているが、いわゆる転得者のことには直接触れていない。けれども不動産取引安全の理念からして、転得者が善意・無過失の場合は、その転得者に民法八八四条の消滅時効の援用を認めるべきである(星野英一・法協九八巻一号一三六頁)。
原判決は、転得者はその前者たる表見相続人の援用しうる限度でその時効援用権を認める(つまり、前記大法廷判決のいう善意、合理的事由といった要件が備わっているかどうかは前者たる表見相続人について決める)との解釈適用をしている。しかし、それでは前記大法廷判決が、共同相続人が時効援用権を有することの理由として「表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者の保護」を挙げていることが事実上無に帰することになる。「表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者の保護」という観点からして、前記大法廷のいう善意、合理的事由を具備しているかどうかは転得者自身について決めるといった解釈適用をすべきである。即ち、表見相続人、表見共同相続人の特定承継人にも直接固有の民法八八四条の時効援用権がみとめられているものと解釈適用すべきである(この点「僭称相続人より不動産を買い受け又は抵当権の設定を受けた者は、相続回復請求権の消滅時効を援用することができない」とする大判昭和四年四月二日民集八号二三七頁の判例は変更されてしかるべきである。穂積博士など多数の学者は、第三者に対しても相続回復を原因とするかぎり民法八四四条の適用があり、民法八四四条の時効は第三者も直接これを援用し得ると解している。判民昭和四年度二一事件評釈など)。
本件土地は、乙一一号証〜一四号証によって明らかな如く、政一に対し昭和三二年一一月九日。受付第一八一六号(原因・昭和九年八月二五日家督相続により石川健一が所有権取得。同一九年八月一九日家督相続により亡タカが所有権取得、同二六年四月一一日相続)をもって所有権移転登記がなされ、以後上告人が昭和五六年六月一日本件土地につき売買契約を締結するまでの約二三年間以上にもわたって、政一が単独の所有者として他の共同相続人を排して平穏公然に占有し、固定資産税なども納め、左記の如く多くの根抵当権等の設定登記がなされていたのである。
(1) 昭和三二年一一月一九日。受付第一八七八号の根抵当権設定登記(根抵当権者。観音寺信用金庫。債務者。政一。債権元本極度額。一〇〇万円。昭和四八年五月二九日同日解約により抹消)
(2) 昭和三八年一二月一〇日。受付第一一〇八五号の根抵当権設定登記(根抵当権者。株式会社中国銀行。債務者。四国製綿株式会社。債権元本極度額。一五〇万円。昭和四八年八月六日抹消。原因同年五月三〇日解約)
(3) 昭和三八年一二月二五日。受付第一一七七七号の抵当権設定登記(抵当権者。国本重雄。債務者。政一。債権額。二二〇万円。抹消。昭和五一年八月四日受付原因同五〇年四月三〇日弁済)
(4) 昭和四五年七月九日。受付九六四一号の根抵当権設定登記(根抵当権者。香川県信用保証協会。債務者。四国製綿株式会社。債権元本極度額。二〇〇万円。抹消。受付昭和四八年五月二九日原因同日解約)
(5) 昭和四八年五月二九日。受付第八三三八号の根抵当権設定登記(根抵当権者。香川県信用保証協会。債務者。四国製綿株式会社。極度額。五〇〇万円。抹消。昭和五七年三月一五日受付原因同月一一日放棄)
(6) 昭和五一年八月九日。(1)の根抵当権の極度額一〇〇万円等の変更登記(抹消。昭和五七年三月一二日受付原因同月一一日解除)
(7) 昭和五一年八月九日。根抵当権設定登記。受付第一〇〇一号(根抵当権者。香川県信用保証協会。債務者。四国製綿株式会社。極度額。一〇〇〇万円。抹消。(5)と同じ)
(8) 昭和五三年一月二七日。根抵当権設定登記。受付第一〇二一号(根抵当権者。香川県信用保証協会。債務者。四国製綿株式会社。極度額。七〇〇万円。抹消(5)と同じ)
(9) 昭和五三年七月一九日。根抵当権設定登記。受付第九四五〇号(根抵当権者。香川県信用保証協会。債務者。四国製綿株式会社。極度額。一〇〇〇万円。抹消。(5)と同じ)
(10) 昭和五六年四月三〇日。根抵当権設定登記。受付第六六一七号(根抵当権者。山一株式会社。債務者。四国製綿株式会社。極度額。一〇〇〇万円。抹消。受付昭和五七年一月二一日原因昭和五六年一二月一六日解除)
しかも、以上の事実については、すくなくとも剛の父孝光は承認していたものである。なお、孝光は、遅くとも昭和四九年四月五日以降は本件土地の根抵当権等の債務者である四国製綿株式会社の監査役であった(乙八号証)。
これに対し、上告人は、前記の如き事実からして、政一が本件土地の所有者であるものと信じ、また、本件土地についての政一の相続を原因とする所有権移転登記は適法になされたものであると信頼し(所有権移転登記の推定力)、政一からはもとよりのこと銀行筋の要請もあって、昭和五六年六月一日、前記(5)、(7)、(8)、(9)、(10)などの担保権はないものとしての価格で買い受けたのである。政一は本件土地の売買代金をもって前記(5)、(7)、(8)、(9)、(10)の担保権を抹消したのである。
以上要するに、上告人が、本件土地を買い受けるにつき本件土地の所有権者は政一であると信じ、また信ずるにつき過失は無かったことは証拠上明らかである。
したがって、上告人が民法八八四条の前段、後段による時効、除斥期間を援用して、相続回復の請求を拒むことができるものと解するのが正当というべきである。相続不動産の転得者にとって、戸籍簿による共同相続関係の調査は極めて困難である。そして、いわゆる「身内」的、仲間的関係にある無償取得の共同相続人(しかも遺産の管理において過失があるというべきである)よりも、有償の「他人」である善意無過失の第三取得者を保護すべきとするのが社会の常識である(もし、原判決の如き解釈をとれば、真正な相続証明書による相続登記であっても、その遺産が第三者に移転した段階で、「身内」的関係にある相続人間の通謀により、偽造の相続証明書による相続登記であったとする、虚偽の訴が容易に提起されることにもなる)。
ところで、政一が本件土地につき相続を原因として所有権移転登記をなしたのは、昭和三二年一一月九日であり、そのころ、剛の法定代理人たる孝光はこの事実を知っていたものであり、また、剛も遅くとも昭和五六年末には右事実を認識していたものである。
したがって、民法八八四条前段の規定により、昭和六一年末の経過によって、剛の亡タカの相続財産に対する相続権を根拠とする本件回復請求権は時効によって消滅しているというべきである。また、亡タカに対する相続は、上告人の本件土地売買契約時から約三〇年も以前の昭和二六年四月一一日に開始しており、民法八八四条後段の規定により、右相続開始のときから二〇年の経過によって、右相続権を根拠とする本件回復請求権は除斥期間の経過もしくは時効によって消滅しているものというべきである。しかるに、原判決は、被上告人の本件回復請求には民法八八四条の適用がないとする。したがって、この点においても、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな民法八八四条の解釈、適用を誤った違背がある。
四ないし七<省略>